阪神タイガースに所属し、打者として活躍されている森下翔太選手。
森下選手が野球を始めたきっかけはお父様なんだとか!
今回は森下選手と、お父様のエピソードを紹介します。
ぜひ最後までご覧ください。


森下翔太と父親の野球エピソードは⑦つ

阪神タイガース、森下翔太選手と父親・善文(よしふみ)さんのエピソードは多数知られています。
そんな森下選手のお父様について詳しくはこちらからご覧ください。

これまでも、たくさんのエピソードがメディアで取り上げられているんですよ。
今回ご紹介するエピソードは6つです。
- 父の野球愛・人生設計にも野球が軸
- 野球を始めたきっかけは父
- 「翔太野球日記」の存在
- 監督だった父
- 根底にある“野球を楽しむ”という教育方針
- “練習チケット”
- 森下翔太選手の感謝
それでは1つずつエピソードを紹介していきます。
エピソード①父の野球愛・人生設計にも野球が軸
森下選手の、お父様はとにかく野球が大好きな方として知られています。
父・善文さん(53)は日常的にパソコンとテレビの“二刀流”で、六大学野球や高校野球などを両睨みするほどの野球好きだ。
/引用元:日刊現代
お父様は、ご自身も元高校野球児で、社会人になってからも野球をされていました。
お父様の人生設計の中心は【野球】で、就職の際や、マイホーム購入の際も、野球の事を考えられていました。
お父様の職業について詳しくはこちらからご覧ください。

ご自宅の設計も、自宅内で野球の練習ができるように拘られたんですよ!

家は設計の段階で、1階の部屋とリビングの仕切りをスライド式にして、一部屋として使えるように要望しました。室内の練習スペースを確保するためです
/引用元:日刊現代
お父様は、息子と野球を楽しむ環境づくりにこだわっていたそうです。
エピソード②野球を始めたきっかけは父
森下選手が野球を始めたきっかけは、もちろんお父様です。



野球を始めるきっかけをくれたのもお父さん
/引用元:FNNオンライン
/引用元:FNNオンライン
お父様は、もちろん自分の息子に野球をさせたいと、興味関心を引くために試行錯誤されたんだとか!
当然ながら、息子には野球をさせたい。それでも強制はしたくないと、あの手この手で森下の興味関心をかき立てることにしたそうだ。
/引用元:日刊現代
お父様は、まだ赤ちゃんだった森下選手に、ご自身が野球をする姿を見せていたそうです。



妻に赤ちゃんだった息子をグラウンドに連れてきてもらい、草野球での私のプレーを見せていました。
/引用元:日刊現代
幼少期より自宅内でトスバッティングをしたり、野球のゲームを親子で行ったり。
森下選手が野球を始めたのは自然な流れだったようです。
その後森下選手は、5歳から本格的に野球人生を歩み始めました。
5歳の時に翔太の本格的な野球人生がスタートした。
/引用元:スポニチアネックス
エピソード③「翔太野球日記」の存在


お父様は、森下選手が野球を始めて以来、息子の成長や練習の様子、父からのメッセージを綴った「野球日記」をつけ続けてきました。
善文さんは息子のために、6歳の頃から「野球日記」をつけていた。
/引用元:FNNオンライン
森下選手自身は、この野球日記の存在を詳しくは知らなかったそうです。
大人になって初めて目を通した際「ここまでできる親はすごい」と感動されたんだとか。



こうやってノートにしているのは全然知らなかったので、すごいっすね、すごいなマジで。自分が親だったらここまでできる自信はないです。
/引用元:FNNオンライン
この「翔太野球日記」は父から息子への深い愛情と育成の記録として、家族にとっての宝物でもあるんですよ。
この日記のエピソードについては、感動されたファンの方も多かったようです。
エピソード④監督だった父


森下選手は、小学校入学と同時に、野球チーム【野庭日限(のばひぎり)フェニックス】へ入団されました。
お父様も一緒に練習に参加しており、コーチとしてチームに貢献されました。
森下選手が小学3年生に上がると、お父様はコーチから監督に就任。
3年生になるとそれまでコーチとして指導に当たっていた善文さんが監督に就任。
/引用元:スポニチアネックス
森下選手とお父様は、監督と教え子としても深い関係性があるんですね。
エピソード⑤根底にある“野球を楽しむ”という教育方針


お父様は森下選手に「とにかく野球を楽しんで好きになってくれればいい」と考えていました。
無理にやらせるのではなく、楽しく練習ができるようにと、工夫もされていました。
先ほど紹介した日記にも「楽しく♪楽しく♪楽しく♪行こうーぜ!」という言葉を記録されているんですよ。
その原点には父の教え「野球を楽しむ気持ち」があった。善文さんの野球日記にも「楽しく♪楽しく♪楽しく♪行こうーぜ!」と綴られている。
/引用元:FNNオンライン
お父様の根底に楽しむ!という考えがあったからこそ、長く続ける事が出来たんでしょうね。
エピソード⑥“練習チケット”


お父様は、森下選手を野球に打ち込ませるために様々な努力をされたそうです。
森下選手が小学生のころ、お父様は、自作のご褒美チケットを作っていました。
「しょうたのれんしゅうがんばった けん」。1枚が100円分。森下が1日練習すれば2枚、半日練習すれば1枚を手渡した。
/引用元:デイリー
お父様の試行錯誤により、リビングの収球ネットでのティー打撃等、森下家独自の練習方法がたくさん生まれたそうです。



まさに野球の英才教育ですね・・・!
エピソード⑦森下翔太選手の感謝


森下選手は、阪神タイガースへの新入団記者会見で、両親への感謝の気持ちと決意を述べていました。



「親孝行、お世話になった人のためにも自分が活躍しないと」
その後も、森下選手は、お父様への感謝と恩返しを胸に野球へ取り組んでいます。



今があるのは お父さんのおかげかなって思います。
やっぱりもっともっと親孝行ができるように、これから頑張っていきたいと思います。
/引用元:FNNオンライン
もちろん、お母様にも感謝の気持ちを持たれています。
プロ入り後、お母様の誕生日には高級ブランドのカバンをプレゼントされたエピソードもあるんですよ。
森下翔太選手のお母様についてはこちらからご覧ください。


森下選手はファンの方はもちろんですが、ご両親の応援があってこそ頑張り続けてこられているのでしょうね!
これからも森下選手の活躍が楽しみですね。



お父様からの惜しみない愛情が森下選手の野球人生の根幹となっており、親子二人三脚の歩みが、現在の活躍に繋がっている事が分かりましたね
まとめ
いかがでしたか。
今回は森下翔太選手とお父様のエピソードを紹介しました。
最後までご覧いただきありがとうございました。






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